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浜町河岸 お梅はなぜ峰吉を殺したのか

  • 新水会
  • 2021年6月26日
  • 読了時間: 4分

更新日:2021年7月21日

西条八十作詞 中山小十郎作曲 


 〽向こうから来る小提灯 

  夜風に消える命とも知らぬ 

  箱屋の峰吉がはっと驚く白刃の光 

  ほんに思えば私ほど 

  この世で不幸な者はない 

  小さい時から浮河竹の 

  流れに映る乱れ髪 

  恋の花井のお梅の眉を 

  細い柳に偲ばせる 

  浜町河岸の 宵の三日月   


月岡芳年 1887(明治20)年 国立国会図書館デジタルコレクションより



「黙阿弥の明治維新」渡辺保著(岩波現代文庫)を読んでいると、黙阿弥晩年の作として「月梅薫朧夜(つきとうめかおるおぼろよ)」が取り上げられていました。花井お梅が箱屋の峰吉を殺した「箱屋事件」が題材にされています。教わったことのある「浜町河岸」の元ネタだ!と興味深く読みました。


この演目は、明治20年に起きた「箱屋事件」の裁判が終決するやいなや…、正しくは翌年の明治21年4月10日に無期徒刑(懲役)が確定した、その約二週間後に中村座で初日を迎えます。それでも凄いスピード感ですが、実は事件直後から劇化することを企画していたものの、お梅側の上告があって延期されたとのこと。法廷にはお梅役の五代目菊五郎が傍聴に訪れていたそうです。さすがは「明治キワモノ歌舞伎」五代目菊五郎。”生のお梅”を演じる気満々ですね。


この箱屋事件はその後多くの舞台や小説の題材になりました。その決定版は、事件から50年近く後に上演された「明治一代女(川口松太郎原作 昭和11年)」です。今では花井お梅といえば「明治一代女」のイメージなのでしょう。とは言うものの、私は「明治一代女」の筋書を知らなかったので、今回初めて箱屋事件の詳細を知りました。


知るにつれて「浜町河岸」は「明治一代女」とは微妙に異なる点があると感じました。なぜお梅は峰吉を殺すに至ったかという肝心のところです。


「黙阿弥の明治維新」と「空飛ぶ五代目菊五郎」を元に、それぞれの粗筋を至極ざっくりとまとめてみます。


「月梅薫朧夜」

自ら開いた待合「酔月楼」の経営を巡って、お梅(お粂)は父親ともめていた。かっとなって飛び出したお梅。峰吉(巳之吉)はお梅の箱屋をやっていたが、今は酔月楼に雇われている、気廻りのきくちょっと狡猾な男。お梅は方々を泊まり歩いた末、なんとか楼に戻ろうと先々で仲介を頼むがいずれも上手くいかない。次第に「そもそも父親との仲違いも峰吉が有らぬ事を言いふらしているからに違いない」と考えるようになった。面と向かえば、父親側について「上から目線に」意見する峰吉。酒の力も相まって激昂したお梅はとうとう峰吉を刺してしまう。


「明治一代女」

お梅は歌舞伎役者に入れあげていて、金に困っている。お梅に惚れている峰吉(巳之吉)は夫婦の約束してくれるならと故郷の田畑を売り払い大金を工面する。しかし惚れた男への未練を断ち切れないお梅は峰吉を裏切ることになる。逆上して刃物を振り上げる峰吉ともみあう内に誤って刺してしまう。 


細かい所はさておいて、お梅がなぜ峰吉を殺したのかという点についての粗筋はだいたいこんなものかと思います。「月梅薫朧夜」は比較的史実に近く、人間味生々しい感じがします。「明治一代女」は時を経て洗練されたというか、よくある男女の三角関係に気持ちよく収まっている気がします。

では「浜町河岸」のお梅と峰吉はどうでしょうか。


「浜町河岸」の峰吉は「白刃の光」にはっと驚いていますし、「夜風に消える命とも知らぬ」わけなので、これはもみ合った末の偶発的な殺人とは思えないですね。そのあとに続く歌詞もお梅が自身の来し方を嘆くものです。史実寄りに創られた歌詞なのではないかと私は思います。


ただし、この曲が生まれたのは昭和30年代とのことなので、すでに「明治一代女」のイメージが広く知れ渡っていたと思われます。作詞の西条八十はどうしてわざわざ当時の王道ではない方を歌詞にしたのでしょうね。

歌詞中の「浮河竹の」という言葉は遊女の寄る辺ない身の上を表すものですが、実は「河竹」黙阿弥へのオマージュだったりして…などと勝手な想像が膨らんでしまいます。


花井お梅に関連する小唄としては、「大雪や(明治一代女)」「青柳の(仮名屋小梅)」があります。場面設定が冬になっていたり、役者と縁を切ったお梅が今度は書生に入れあげていたり、バラエティに富んでいて興味深いです。もっと色々調べてみたくなりました。



 
 
 

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